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盛岡地方裁判所 昭和57年(ワ)26号 判決

原告 古舘ミツ

被告 国

代理人 浅野正樹 小柳稔 金子政雄 星隆雄 古舘芳広

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(請求の趣旨)

一  被告は原告に対し金六六四九万円及び内金二〇〇〇万円に対する昭和五四年八月一七日から、内金四〇〇〇万円に対する同年九月二九日から各支払済みまで年三割の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

(請求の趣旨に対する答弁)

一  主文第一、二項と同旨

二  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

(請求の原因)

一1  原告は昭和五四年六月一九日頃、小田嶋正尚と称する者から、盛岡市上田四丁目一四五番雑種地九九八平方メートル(以下第一土地という。)の登記簿謄本を示され、第一土地が自己の所有地であるから、これを担保に三〇〇〇万円を融資してほしいと申込まれ、かつ第一土地を案内された。

2  そのため、原告は右小田嶋と称する者が真実訴外小田嶋正尚本人であつて、第一土地の所有者であり、これを担保に提供したうえ、約定どおり借受金を返済するものと信じ、同月二〇日右小田嶋と称する者に対し、第一土地につき順位第一番の抵当権の設定を受け、かつ債務不履行の場合には代物弁済を受けることを予約したうえ、二〇〇〇万円を弁済期を昭和五四年八月一六日、利息を年一割五分、損害金を年三割と定めて貸与することとし、同日二〇〇〇万円を交付した。

3  原告は右の約定に基づき、第一土地につき盛岡地方法務局昭和五四年六月二〇日受付第二二四八三号をもつて「債務者小田嶋正尚、抵当権者原告、原因昭和五四年六月一九日金銭消費貸借の同日設定契約、債権額二〇〇〇万円、利息年一割五分、損害金年三割」とする抵当権設定登記、同地方法務局同日受付第二二四八四号をもつて「権利者原告、原因昭和五四年六月一九日代物弁済契約、条件同日付金銭消費貸借上の債務不履行」とする条件付所有権移転仮登記を経由した。

二1  原告は昭和五四年七月三〇日頃、菅原規と称する者から、盛岡市上田四丁目二二七番宅地九八一平方メートル、同所二二八番宅地九七五平方メートル(以下右二筆を第二土地という。)の登記簿謄本を示され、第二土地が自己の所有地であるからこれを担保に五〇〇〇万円を融資して欲しいと申し込まれ、かつ第二土地を案内された。

2  そのため、原告は右菅原と称する者が真実訴外菅原規本人であつて、第二土地の所有者であり、これを担保に提供したうえ約定どおり借受金を返済するものと信じ、同月三一日右菅原と称する者に対し、第二土地につき順位第一番の抵当権の設定を受け、かつ債務不履行の場合には代物弁済を受けることを予約したうえ、四〇〇〇万円を弁済期を昭和五四年九月二八日、利息を年一割五分、損害金を年三割と定めて貸与することとし、同年七月三一日頃一〇〇〇万円、同年八月一日頃三〇〇〇万円をそれぞれ交付した。

3  原告は右の約定に基づき、第二土地につき盛岡地方法務局昭和五四年八月一日受付第二七七九三号をもつて「債務者菅原規権利者原告、原因昭和五四年七月三一日金銭消費貸借の同日設定契約、債権額金四〇〇〇万円、利息年一五パーセント、損害金年三〇パーセント、共同担保目録(ケ)第三六三七号」とする抵当権設定仮登記、同地方法務局同日受付第二七七九四号をもつて「権利者原告、原因昭和五四年七月三一日代物弁済予約」とする所有権移転請求権仮登記を経由した。

三1  そして、借受申込に際して示された第一土地の土地登記簿謄本には、前所有者訴外飯岡アサの登記に続き「所有権移転昭和四六年二月三日受付第四八一号、原因昭和四六年一月二八日売売、所有者稗貫郡石鳥谷町南寺林第三地割四八番地小田嶋正尚」との記載があつた。

2  これは、訴外三村巽、同藤原與市らが共謀のうえ、昭和五四年六月一五日頃盛岡地方法務局登記課(以下本件登記所という場合がある。)において備付の登記簿から第一土地の登記用紙中表題部及び甲区欄の部分を扱き取つて持帰り、地目を田から雑種地に変更する旨の記入をし、所有権移転の原因事実がないのに、この甲区の第二番に前記のとおり記入して偽造し、その偽造した登記用紙を本件登記所に備付けさせ、登記簿謄本の交付を受けたものであること、さらに、借主である前記小田嶋と称する者は訴外小田嶋正尚本人ではなく、訴外伊藤善太郎であることが後日判明した。

四1  また、前記二1の融資申込に際し示された第二土地の各土地登記簿謄本には、前所有者訴外工藤哲造の登記に続き「所有権移転昭和三八年二月一三日受付第八三六二号、原因昭和三八年二月八日売買所有者盛岡市城西町五番四〇号菅原規」等の記載があつた。

2  これは、訴外川村巽、同藤原與市らが共謀のうえ、昭和五四年六月二九日頃本件登記所において、備付の登記簿から第二土地の登記用紙中各表題部及び各甲区欄の部分を抜き取つて持帰り、地目を田から宅地に変更する旨の記入をし、所有権移転の事実がないのに、この各甲区第二番に前記のとおり記入して偽造し、その偽造した登記用紙を本件登記所に備付けさせ、各登記簿謄本の交付を受けたものであること、更に、借主である前記菅原と称する者は訴外菅原規本人ではなく、訴外佐藤俊雄であることが後日判明した。

五  ところで、本件登記所の登記官は登記事務を行うものであつて、公権力の行使にあたる公務員として、その職務上(一)登記簿の閲覧をさせるに当つては、不動産登記事務取扱手続準則(以下準則という。)二一条(編注・「二一二条」の誤りか)により登記簿原本の抜取、汚損、不正記入等がなされないよう閲覧者を監視し、閲覧前後に登記用紙の枚数を確認すべき注意義務があり、(二)登記簿謄本の交付に当たつては、準則二〇九条に従い、謄本が原本と相違ないことを厳重に確かめるうえで、原本にも偽造の登記記入がなされていないかについても注意すべき義務があり、(三)更に、前記一及び二の各3の抵当権及び条件付所有権移転仮登記等の申請がされたのであるから、その申請を受理するに際しては、申請にかかる登記簿に偽造による虚偽記載等がないことを確認すべき注意義務がある。しかるに同登記官は以上の注意義務を怠たり、訴外川村巽らが本件各土地の登記簿を閲覧した際、同人らの不審な挙動に気づかず、その登記用紙の抜取り持帰りを見逃し、登記用紙の枚数の確認を怠つたため右抜取り持帰りを発見することができず、本件各土地の登記簿に虚偽の所有権移転を記入させて再びこれを備付るに至らせ、更に、本件各土地の登記簿謄本の交付並びに右偽造にかかる所有権移転に基づく抵当権設定登記及び条件付所有権移転仮登記の申請を受理し、これを登記簿に記入するにあたつても、地目の変更記入に変更前の田の表示が朱抹されておらず、所有権移転の事項記入に押捺されている登記官「川村」、「二木」の印影も、正規のものは上部に小さく登記官の文字があるのに、偽造のものにはこれがない等一見して偽造であることが窺われるのに、漫然これを看過して、登記簿謄本の交付及び偽造の登記事項に基づく登記記入をした過失があるものといわなければならない。

六  そして、原告は前記の各登記簿謄本の記載により、各所有名義人を真実の所有者と、かつ前記の抵当権設定登記及び条件付所有権移転仮登記を有効なものと誤信して前記一、二の各貸付をなしたものであるから、右貸付によつて原告がこうむつた損害と被告所属の右登記官の過失との間には因果関係がある。

七  その損害は、前記一の貸借については二〇〇〇万円が現実の損害、これに対する訴外小田嶋正尚の氏名を騙つた者との約定による弁済期の翌日である昭和五四年八月一七日から支払済まで年三割の割合による遅延損害金相当額が得べかりし利益の損害であり、前記二の貸借については四〇〇〇万円が現実の損害、これに対する訴外菅原規の氏名を騙つた者との約定による弁済期の翌日である昭和五四年九月二九日から支払済まで年三割の割合による遅延損害金相当額が得べかりし利益の損害である。

また、被告の損害賠償義務は同種事案につきなされた広島地方裁判所昭和四三年三月六日言渡の判決等により明白であるのに、被告が任意履行しなかつたので、原告は本訴提起を弁護士野村弘に委任せざるをえなかつたが、その手数料及び謝金は同弁護士所属の岩手弁護士会の報酬基準(日本弁護士連合会のそれと同一)に従い六四九万円が相当であり、これも原告の損害となる。

よつて、原告は国家賠償法一条に基づき被告に対し、損害賠償として前記七の現実の損害の合計六六四九万円及び得べかりし利益の損害である内金二〇〇〇万円に対する昭和五四年八月一七日から、内金四〇〇〇万円に対する昭和五四年九月二九日から各支払済みまで年三割による金員の支払いを求める。

(請求の原因に対する認否)

一  請求原因一の事実中1、2は不知、3は原告主張の各登記を経由したことは認めるが、その余は不知。

二  同二の事実中1、2は不知、3は原告主張の各登記を経由したことは認めるが、その余は不知。

三  同三の事実中1は第一土地の登記簿に原告主張の登記の記載があつたことは認めるが、その余は不知、2は登記簿謄本の交付を受けたことは不知、その余は認める。ただし、偽造された登記用紙は登記官の知らない間に登記簿に編綴されたものである。

四  同四の事実中1は第二土地の登記簿に原告主張の登記の記載があつたことは認めるが、その余は不知、2は登記簿謄本の交付を受けたことは不知、その余は認める。ただし、偽造された登記用紙は登記官の知らない間に登記簿に編綴されたものである。

五  同五ないし同七はいずれも争う。

六  なお、被告は本件登記所における登記簿等閲覧申請人の閲覧に対する監視体制につき、次のとおり主張した。

1 不動産登記簿の閲覧は、所定の事項を記載した申請書を提出し、かつ手数料を納付した者に対して、利害関係を有する部分に限つて許される(不動産登記法二一条、同法施行細則二九条、三〇条参照)のであるが、盛岡地方法務局登記課(以下の被告の主張においては単に登記課という。)においては、閲覧申請があつたときは、まず申請書の適否を調査し、申請が適正であつた場合には該当物件の登記用紙が編綴された登記簿を書庫から搬出し、待合室で待機している申請人の氏名を呼び上げ、申請人本人であることを確認して登記簿を渡し、所定の閲覧席で閲覧するよう指示し、閲覧が終つたら返納させることとしている。

2 ところで、登記簿の閲覧制度は登記の公示制度として最も本質的なものであり、登記簿の謄本及び抄本の交付制度とともに不動産取引の安全に寄与するところが大きく、今日その需要は極めて増大している。

そこで、登記課においては閲覧者による登記簿への不正記入、汚損、抜取りなどの事故の未然防止を図るため、本件事件が発生した昭和五四年六月頃は次のような対象を講じていた。

すなわち

(一) 閲覧者用ロツカーの設置

閲覧者が筆記用具以外の鞄、コートなど登記用紙の外部持ち出しの手段となる物を閲覧席へ持ち込ませないため、待合室にロツカーを設置している。

(二) 閲覧監視用ミラーの設置

閲覧者の閲覧中の行動が登記課の多くの職員によつて監視できるよう監視用ミラーを設置している。

(三) 閲覧上の注意事項の放送

後記(五)と同旨の閲覧上の注意事項を吹き込んだ録音テープによる放送を随時行い、注意を喚起している。

(四) 監視可能位置に閲覧席を設置

閲覧席を登記課事務室内のほぼ中央部分に設け、かつ、閲覧状況の適否を監視できるように職員席を配置している。

(五) 閲覧上の注意事項の掲示

閲覧用の机上には次の注意事項を記載した立札(縦二〇センチメートル、横三〇センチメートル)を設置し、閲覧者が容易に認識できるよう注意を喚起している。

閲覧について下記のことにご注意下さい。

(1) バインダーから登記用紙をはずさないこと

(2) 登記用紙をよごさないよう気をつけること

(3) 登記用紙に字を書きこんだりしないこと

(4) 筆記するときは、えんぴつを使用すること

万年筆およびボールペンは使用しないこと

(5) 筆記するときは、登記用紙または図面を下敷にしないこと

(6) 閲覧中はたばこをすわないこと

(7) 閲覧が終つたときは、登記簿、図面を係員へ返すこと

(六) 閲覧担当係員等による閲覧監視

閲覧担当係員が閲覧に供する登記簿を搬出入する際及び閲覧者からの質問等に応ずるため、閲覧席を往復する際には閲覧状況も監視していたほか、他の係員も同様に可能な限り随時閲覧状況を監視している。

などであつた。

3 登記簿閲覧監視の万全を図るための対策は、登記事務取扱上欠くことのできない重要事項であり、法務局、地方法務局の本局、支局、出張所においては各庁の事務室の面積、構造、職員数、事務量等の実情に応じてそれぞれ対策を講じてきているが、昭和五四年当時、他の登記課においても前記二で述べたとほぼ同様の対策がとられていたところであり、かつ、右監視体制は、以下に述べる登記課の事務処理体制の下において、とり得る可能な限りのものであり、登記官をはじめとして登記課職員も閲覧監視について必要な注意を十分払つていたものである。

4 ここで、登記に関する各種申請事件のうち、本件に関係する登記簿の謄本及び抄本の交付申請及び閲覧申請、印鑑証明等事件(以下これらを総称して乙号事件という。)の事件数の動向について述べると、それは逐年増加の一途をたどつているといえるのである。

これを全国の事件数でみると、昭和四五年を一〇〇とすれば、昭和五四年の指数は二〇三であり、仙台法務局管内(東北六県)の件数でも昭和四五年と対比し、昭和五四年の指数は二一六と倍増している。

そして、登記課における乙号事件数のみをみると、昭和四五年の乙号事件数は四七万一五三八件であつたが、昭和五四年は一五九万三六一五件と実に三・三八倍に激増しており、右の乙号事件数の内訳をみると、謄、抄本等交付件数は、昭和四五年を一〇〇とすれば、昭和五四年の指数は二六五・五とほぼ三倍に近く、閲覧申請件数においては昭和四五年と対比し、昭和五四年の指数は四〇〇と実に四倍に達する大量の増加を示しており、その件数は一〇一万六一五三件に及んでいる。

5 このように飛躍的な伸びを示している乙号事務に対処するため、高性能複写機である全自動謄本作成機の導入を図るなど事務処理手続きの簡素合理化について鋭意対策を購じてきたところであるが、閲覧事務については機械化による処理は不可能であるため、極めて限られた配置人員の中で可能な限り創意工夫をこらして対応するとともに、事務量に見合つた増員を確保するよう努力がなされてきた。しかし、国の財政事情から予算上の制約が厳しく、事務量の増加に見合つた要員の配置を受けることは極めて困難な実情にあり、昭和四六年以降の登記課における職員配置人員についてみると、昭和四六年一七名、同四七年一七名、同四八年二〇名、同四九年二一名、同五〇年二一名、同五一年二一名、同五二年二二名、同五三年二三名、同五四年二三名であつて、昭和五四年は同四六年と比較して六名(一・三五倍)の増加をみたのみで、事務量と職員数との隔差は逐年広がつてきたのが実情である。

そして昭和五四年六月当時の登記課における乙号事件を担当するいわゆる「認証係」は他の部門の事務量を勘案したうえ、四名を配置するのが精一杯の状況であり、その外に臨時職員二名が配置されていたが、一日延べ二〇〇人前後の閲覧申請人と五〇〇人前後の謄、抄本交付申請人との応接、大量の登記簿や地図等の迅速な搬出入及び謄、抄本の作成等に従事しなければならず、認証係の事務は極めて多忙であつた。

そこで、登記課においては乙号事務がふくそうしてきた場合や担当職員が休暇等で欠けた場合は、まず認証係の人員の補充又は応援を最優先に行い、適正迅速処理を図り、もつて申請人に対するサービスの提供について最善の努力を尽していたところである。

6 ところで、原告は登記官が閲覧監視に対する注意を怠つたと述べているが、これは原告が訴状で述べているとおり、訴外藤原與市らによつて登記用紙が抜取られたものであつて、同人らは偽造登記簿の謄本の交付を受け、これをもつて金融を受けるため綿密な計画を立てたうえ、計画的に登記用紙の抜取りの機会を窺い、閲覧監視の間隙を衝き、しかも閲覧監視を避け、抜取りの行為が容易に判明しないよう補助役及び見張役を置くなど、悪質、巧妙な手口によつて登記用紙を抜取り、更に、同様の手口で偽造した登記用紙を再び登記簿に編綴し、登記官をして右偽造登記簿の謄本を作成、交付させたものであり、このような悪質、巧妙な計画的犯行を防止し、排除することは当時閲覧監視に当つていた登記官には不可能であつたと言わざるを得ない。

したがつて、たまたま本件のような抜取りおよび不実記載を防止できなかつたとしても、それをもつてただちに登記官に過失があつたということはできないのである。

(抗弁)

一  過失相殺

仮に被告に損害賠償責任があるとしても、本件損害の発生については原告の側にも次のとおりの重大な過失があるから、損害額の算定に当たつてはそれらを十分斟酌すべきである。

1 本件のような担保価値の高い物件(更地)に第一順位の抵当権を設定できるのであれば、銀行その他の正規の金融機関から年利一割程度の利率で金融を受けることが十分可能なはずである。しかるに、月利七分、年利にすれば八割四分にも及ぶ高利を負担することは、経済取引として異常なものといわざるを得ないから、原告としてはまずこの点に疑問を抱き、かかる異常な取引をあえてしなければならない特別の事情が貸付先にあつたのかどうか、その信用状況如何、担保の確実性等の諸点につき慎重な調査を尽すべき注意義務があつたのに、原告はこれを怠り、安易に取引に応じた過失がある。

2 原告は登記名義人以外の者を登記名義人と誤認して取引を行つたのであるが、人違いでないかどうかを確める方法としては、自宅訪問、電話による確認、近隣の人への聞き合せ等種々の方法があるのに、原告はこれらによる確認を怠り、たやすく登記名義人本人であると誤信した過失がある。

3 二〇〇〇万円を貸付けるに先立ち、原告は昭和五四年六月一九日、犯人ら(訴外川村巽及び同熊谷勝明)に現地を案内され、上田四丁目一五八番の土地を一四五番の土地(第一土地)であるとして指示されながら、その誤りに気付かなかつたのであるが、一四五番と一五八番は約一〇〇メートルも離れており、周囲の状況も異なるのであるから、地図を調べるなり付近の人に聞くなりすれば、容易にその誤りに気付き、本件取引を中止することができたのに、原告はこれを怠り、漫然犯人らの言を信用した過失がある。

更に、原告から登記手続を依頼された訴外八重樫繁は、前同日司法書士斉藤虎太郎事務所において、犯人ら偽造にかかる第一土地(一四五番)の権利証を見せられながら、不注意によりそれが偽造であることに気付かず、そのまま登記手続を進めた過失がある。右八重樫は原告の被用者であるから、右の過失は原告側の過失として斟酌されるべきである。

4 四〇〇〇万円の貸付については、既に述べたように犯人ら(訴外藤原與市及び同佐藤俊雄)は担保物件(第二土地)とは異なる他の土地の権利証を原告及び訴外八重樫繁に提示したのであり、原告自身はともかく訴外八重樫はこのことを十分知つていたのである。訴外八重樫は原告の被用者であり、身分上ないし生活関係上原告と一体をなすとみられる関係にある者であるから、掲示にかかる権利証が担保物件のそれでないことを同人が知つていたことは、原告側の重大な過失として斟酌されるべきものである。

ちなみに訴外八重樫は昭和五四年八月一日訴外川村巽らから本件の謝礼として二〇〇万円を受取つている。

5 原告は金融業者であるにもかかわらず読書きの能力を欠くようであるが、原告に読書きの能力さえあれば、少なくとも右四〇〇〇万円の貸付はしなかつたと考えられ、かかる能力の欠如は、損害の衡平負担の上で、原告の過失として斟酌されるべきものである。

二  損害の填補

1 訴外川村巽は昭和五四年八月末頃原告から騙取した金員の中から五五〇万円を原告に返済した。

2 訴外八重樫繁は前記一4のとおり、昭和五四年八月一日訴外川村巽から本件に関し謝礼として二〇〇万円を受領したが、訴外八重樫が原告の使用人であつて、本件につき原告の手足として行動した者であるから、右二〇〇万円は民法六四六条により同訴外人から原告へ引渡すべきものであつて、原告に対し返還され一部弁済がなされたものとみるべきである。

(抗弁に対する認否)

いずれも争う。

第三証拠 <略>

理由

(原告が損害を受けるに至つた経過)

一  第一及び第二土地の各登記用紙に訴外川村巽、同藤原與市らが共謀のうえ原告主張の手段、方法によつて請求原因三、四の各1のとおり虚偽の所有権移転登記の記載をし、2の各登記用紙が登記簿として本件登記所に備付けられていたことは、当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実と成立に争いのない<証拠略>を総合すると、右虚偽の登記事項の記載手段、方法の詳細及びこれを謄写した登記簿謄本の入手方法並びに原告が金員を騙取されるに至つた経緯について、次の事実を認めることができ、前掲<証拠略>の結果中この認定に反する部分はたやすく措信することができず、他に右認定を履すに足りる証拠はない。

1  第一土地による金員の騙取

訴外川村巽、同藤原與市らは昭和五四年五月頃から盛岡市内で担保価値のありそうな第三者所有の土地を物色し、同人らの仲間の者をその土地の所有者に仕立てて融資名下に金融業者等から金員を騙取することを企て、同月二三日頃にも同市向中野の土地を利用してその企てを実行しようとし、後述の第一、第二土地の場合と同様本件登記所備付の登記簿を偽造する等したが、融資を申入れた東京の金融業者に登記簿と案内した土地が異ることを看破されて融資を拒否され、目的を遂げることができなかつた。

そこで、訴外川村巽らは新たに盛岡市上田四丁目一五八番所在の村研薬品前の土地(右訴外人らは同土地を第一土地と誤信していた。)を利用して同一の犯行を企て、同年六月一五日頃、訴外川村巽、同藤原與市、同熊谷勝明の三人で本件登記所に赴き、訴外藤原が偽名で第一土地の登記簿を含む登記簿二冊、公図一枚の閲覧を申請したうえ、右三名が一緒に閲覧席に入り、登記官から直接見えにくい東角の席に訴外川村が着席し、その右に並んで訴外熊谷が左側へ直角に訴外藤原が座つて、訴外川村の動作が他から見えないようにし、そのうえで右三人は机上に借出した登記簿と公図を広げて手元を隠し、訴外川村が広げた第一土地の登記用紙の上に大封筒様の紙を置いて抜取ろうとする登記用紙を覆い、登記簿冊のバインダーを開いて右登記用紙をはずし、すぐに覆つた紙ごと隣の訴外藤原へ渡し、同訴外人が右の紙で登記用紙を隠して本件登記所から持出した。訴外川村巽らは同日頃訴外藤原與市宅において、登記官小川の押印がある地番変更事項の記載を利用し、本件登記所において登記記入に使用しているものと同型のタイプライター用活字を用いて、右登記用紙の表題部のうち地目欄の記載を「田」から「雑種地」へ変更されたように、同じく甲区欄の順位番号壱の欄の次に「弐」と記入し、その事項欄に「所有権移転、昭和四六年弐月参日受付第四八壱号、原因昭和四六年壱月弐八日売買、所有者稗貫郡石鳥谷町南寺林第参地割四八番地小田嶋正尚」と記入したうえ、その記載の下に「川村」と刻した卵型認印を押捺して真実の所有者である番号壱欄の訴外飯岡アサから訴外小田嶋正尚へ第一土地所有権が移転したごとくに右登記事項を偽造し、翌一六日頃再び本件登記所に赴いて、抜取のときと同様に偽名で閲覧申請をしたうえ、三人で閲覧席に入り、前同様二人が目隠しとなる方法で、登記官の隙を窺つて偽造した第一土地の登記用紙をその登記簿冊へ挿入、編綴して登記官へ返却した。

そのうえで、同日ころ訴外熊谷勝明が偽名で右偽造した第一土地の登記簿謄本一通の交付を申請し、同月一八日その交付を受けた。

訴外川村巽らは前記村研薬品前の土地で金を出してくれそうな者を探した結果、原告から金員を騙取することとし、所有名義人である訴外小田嶋正尚の役を訴外伊藤善太郎に依頼し、同月一九日ころ、訴外小田嶋になりすました訴外伊藤と原告への紹介役となつた訴外駿河清の二人で原告方に赴き、訴外伊藤が原告に対し右偽造の記載のある第一土地の登記簿謄本を示し、同土地を訴外小田嶋の所有と偽り、かつ自らが訴外小田嶋であると装つて、同土地を担保に三〇〇〇万円の融資を申込んだ。これに対し、原告は充分な読書きができないため、前前からこうした場合に必要な書類を読んで内容の判断等をしてもらつていた訴外八重樫繁をその場に立会わせ、訴外伊藤らの示した書類を見てもらつたうえ、同訴外人らの案内で盛岡市上田へ行き、同所四丁目一五八番の土地を第一土地と説明され、その土地が真実訴外小田嶋の所有する第一土地でありかつ訴外伊藤が訴外小田嶋本人であると誤信し、その案内された土地の現況等から値踏みして二〇〇〇万円の貸付を承諾し、即日現金二〇〇〇万円を交付した。そのうえで、同日司法書士に原告のための第一土地への抵当権設定及び条件付所有権移転仮登記の申請手続を依頼し、翌六月二〇日に本件登記所において同登記の申請が受理された。

2  第二土地による金員の騙取

訴外川村巽、同藤原與市及び同佐々木誠志は前同様の方法による金員の騙取を企て、同月二九日頃三人で本件登記所へ赴き、前同様三人一組で登記官の隙を窺つて第二土地の各登記用紙を登記簿冊から抜取つて本件登記所から持出し、同日頃訴外佐々木方において登記官小川の押印がある地番変更事項の記載を利用し、前同様の活字を用いて右登地簿の表題部のうち地目欄の記載が「田」から「宅地」へ変更されたように、同じく甲区欄の順位番号壱の欄の次に「弐付記」と、その下の事項欄に「所有権移転、昭和参八年弐月壱参日受付第八参六弐号、原因昭和参八年弐月八日売買、所有者盛岡市城西町五番四〇号菅原規」と、更に次の順位番号欄に「弐付記壱号」と、その下の事項欄に「弐番登記名義人表示変更、昭和五四年四月六日受付第八参六弐号、原因昭和五四年参月参壱日住所移転、住所盛岡市境田町六番四八号」とそれぞれ記入したうえ、右所有権移転の登記事項の末尾に「川村」と刻した卵型認印を、右登記名義人変更の登記事項の末尾に「二木」と刻した卵型認印をそれぞれ押捺し、真実の所有者である番号壱欄の訴外工藤哲造から訴外菅原規へ第二土地の各所有権が移転しかつ同訴外人の住所が変更したごとく右各登記事項を偽造し、同年七月三日頃再び本件登記所に赴いて、前同様三人一組での閲覧の機会に、登記官の隙を窺つて偽造した第二土地の各登記用紙をその登記簿冊へ挿入、編綴した。

そのうえで、訴外藤原與市らは同年七月四日、五日、一〇日の三回に亘り、いずれも偽名を用いて右偽造した第二土地の各登記簿謄本の交付申請し、その交付を受けた。

その後、訴外川村巽、同藤原與市らは所有名義人である訴外菅原規の役を訴外佐藤俊雄に依頼し、同月一六日頃東京の金融業者から金員を騙取しようとしたが、同訴外人から不審を抱かれて融資を拒否されたため再び原告から金員を騙取することとした。そこで、同月二九日訴外川村巽らは訴外八重樫繁を盛岡市菜園の飲食店へ呼び出し、第二土地を担保にして原告から金を借りたいが権利証がないので、謝礼をするから原告に対してその点をうまくあしらつて欲しいと申し向け、訴外八重樫からは、書類を見るのは自分であるから適当な権利証を用意すればよいと承諾を得、翌七月三〇日頃訴外藤原與市と同佐藤俊雄の二人が原告方を訪れ、原告に対し、前記のように入手しておいた第二土地の登記簿謄本等を示し、第二土地が訴外菅原規の所有でありかつ訴外佐藤が訴外菅原規であると装つて、第二土地を担保に五〇〇〇万円の融資を申込んだ。これに対し、原告は前記1と同様訴外八重樫繁に書類を確認させ、同訴外人が前日の話し合いどおり書類はそろつており、真実は全く別の土地のものであるにもかかわらず権利証もまちがいないと聞かされた後、訴外藤原らの案内で第二土地へ行き、説明を受けて同土地が訴外菅原規の所有であつてかつ訴外佐藤がその本人であると誤信し、その案内された土地の現況から値踏みして四〇〇〇万円の貸付を承諾し、翌七月三一日に現金一〇〇〇万円、同年八月一日に現金三〇〇〇万円を交付し、その直後司法書士をして第二土地への抵当権設定仮登記及び所有権移転請求権仮登記の申請手続を依頼し、同日中に本件登記所において右登記の申請が受理された。

(閲覧監視義務違反の存否)

原告は本件登記所の登記官が登記簿の閲覧者に対する覧視を怠り、かつ閲覧前後に登記用紙の枚数を確認すべき注意義務を怠つた過失により、訴外川村巽らによる本件各土地の登記簿に虚偽の登記記入がされることを防止できず、その記入のある登記簿を備付けるに至らせたと主張するので、その当否につき判断する。

一  登記官は登記事務を行うものとして、登記簿の保存、備付のため、その閲覧申請者の閲覧にあたり、登記簿の滅失、紛失、破損、汚損、登記用紙の脱落、抜取り、不正記入等を防止すべき注意義務があることは言うまでもない。これを受けて、不動産登記法施行細則(以下細則という。)には、

九条「登記官ハ登記用紙ノ脱落ノ防止其他登記簿ノ保管ニ付キ常時注意スヘシ」

三七条「登記簿若クハ其附属書類又ハ地図若クハ建物所在図ノ閲覧ハ登記官ノ面前ニ於テ之ヲ為サシムヘシ」

と、準則には、

二一二条「登記簿を閲覧させる場合には、次の各号に留意しなければならない。

一  登記用紙又は図面の枚数を確認する等その抜取、脱落の防止に努めること

二  登記用紙又は図面の汚損、記入及び改ざんの防止に厳重に注意すること

三  閲覧者が筆記する場合には毛筆及びペンの使用を禁ずること

四  筆記の場合は、登記用紙又は図面を下敷にさせないこと

五  閲覧中の喫煙を禁ずること」

と規定されている。

二 ところで、前掲<証拠略>によると、昭和五四年当時の本件登記所における登記簿等の閲覧事務の件数及び実際の取扱についてみるに、(一)閲覧の申請は一日に二〇〇件を超え、逐次増加の傾向にあつたが、閲覧を申請されたために取出す登記簿は一日四〇〇ないし五〇〇冊(各一冊の登記用紙は厚手の簿冊で一五〇ないし一八〇枚、薄手のもので約八〇枚)位であり、閲覧者の席は二二席であるところ、これが満席になることもしばしばあつた。(二)これに対し、閲覧者監視事務を行う職員は、正規職員四名、臨時職員二名位の分掌とされていたが、監視のみに専念するわけにはいかないので、閲覧席を職員の事務机の中央に置いてどの職員からも見えるようにするとともに、監視用ミラーで直接には見えない席も監視できるようにしたうえ、登記簿冊の出し入れで閲覧席を通る職員は、常に閲覧者の動向をも注意するようにしていたこと、(三)閲覧者に対しては、筆記用具としては鉛筆のみとし、紙と鉛筆以外の手荷物は閲覧者用ロツカーに入れさせて閲覧席へ持込ませないようにしたうえ、前記準則に従つて登記用紙の抜取、汚損等を禁じる旨の掲示を出し、同内容の録音を放送して閲覧者の注意をうながすようにしていたこと等被告が請求の原因に対する認否欄の六の1、2に主張する事実を認めることができる。

してみると、本件登記所における閲覧者に対する監視事務は法令、規則の要請を損うことなくとりうるだけの措置を講じていたものと認められ、本件各土地の登記用紙の抜取り及びこれに虚偽の登記事項が記入された後の編綴の際にも、登記官の閲覧監視に職務の懈怠があつたということはできない。付言するに、登記簿の閲覧者の監視に当たる登記官の職務につき、個々の閲覧者に対し、その一挙一動を一瞬も目を離すことなく監視することまで要求されるものではない。そのようなことは法規又は訓令によつて規定されていないばかりでなく、社会通念上これを要求することは事柄の性質上不可能を強いることになるからである。

三 また、前認定の事実関係から、本件登記所の登記官が本件当時、閲覧者の閲覧修了後登記用紙の枚数を数えなかつたことが認められ、もし、これが実行されておれば本件登記用紙の抜取りに気付き本件偽造を防止しえたものと形式的にはいえることではあるが、前記準則二一二条一号が、閲覧をさせる場合に「登記用紙又は図面の枚数を確認する」と規定しているのは、実際にも必要的にそのようになすべきことまで要求しているものではなく、事故防止の一方法として例示されたものと解すべきものであることは、昭和四六年三月一五日民甲五五七号通達による改正前の準則一八六条一号が「閲覧の前後に当該登記用紙又は図面の枚数を確認すること」と規定し、登記官に枚数の確認を一義的に義務づけるかのようになつていたのを、登記のいわゆる乙号事務が厖大な量に達する都市部の繁忙庁においてはこれが実行不可能の場合のあることを考慮し、現行のごとき表現に改められた経緯及び前記準則二一二条一号の文言から明らかであり、登記官が本件各登記簿の登記用紙の枚数を確認しなかつたことをもつて、職務上の義務を懈怠したものということはできない。

四  要するに、登記簿からの本件各土地の登記用紙の抜取り、持帰り及びこれの編綴は、既に原告が損害を受けるに至つた経過において説示したとおり、本件登記所の事情に明るい訴外川村巽らが三人一組となつて二人が抜取等の実行者を登記官の目から隠し、瞬時に実行したものであり、かかる悪意ある第三者の計画的犯行を登記官が防止することは不可能であり、本件各犯行は本件登記所にとつて不可抗力といわなければならない。

したがつて、原告の右主張は採用することができない。

(登記簿謄本作成交付上の瑕疵の存否)

原告は、登記簿謄本を作成交付するに当たり、担当登記官は謄本が原本と相違ないことを厳重に注意しなければならない(準則二〇九条)のに、偽造登記に気づかないまま謄本が作成交付された点に過失がある旨主張するので判断する。

一  登記簿謄本の作成交付に当たつて職員の注意すべき事項について、

細則三五条ノ二には「登記簿ノ謄本ハ法令ニ別段ノ定アル場合ヲ除ク外登記簿一用紙ノ全部ヲ遺漏ナク謄写シテ之ヲ作ルヘシ但請求ニ因リ現ニ効力ヲ有スル登記ノミヲ謄写シテ之ヲ作ルコトヲ得此場合ニ於テハ認証文ニ其旨ヲ附記スヘシ」

準則二〇九条には「登記簿の謄本若しくは抄本又は地図若しくは建物所在図若しくはその一部の写しを作成、交付する場合には次の各号によるものとする。

1  主任者は、原本と相違がないことを厳重に確かめなければならない。この場合主任者は、登記簿の謄本若しくは抄本の第一葉の用紙の欄外下部又は地図若しくは建物所在図の写しの右側下部に押印するものとする。

2  謄本若しくは抄本又は写しは鮮明に謄写して作成するものとする。なお、鮮明に写出できる場合に限り陽画複写器を用いて作成して差し支えない。」

と規定されている。

右の各規定は、謄本が文書の全部を謄写するものであるところから、登記簿の謄本を作成するに当たつては、登記簿に記載されたところをそのまま遺漏なくかつ誤りなく写し取ることを命じたものであつて、それ以上に、登記簿原本に偽造にかかる登記が存在しないことを確認したのちでなければ謄本を作成してはならないことを義務づけたものではないことは、その文理上も明らかであり、かつ登記事項が偽造されるなどということが稀有の例であることから、実際上も是認されるところである。

もつとも、登記官において、登記簿の原本に何人かによつて偽造又は変造された記載のあることが、職務上の知識経験をもつてすれば一見して容易に知り得る場合に、これを看過してその記載のある謄抄本を発行した場合には、職務上の注意義務懈怠の責任を問われることがありうることは、いうまでもない。

二  ところで、前掲<証拠略>によると、訴外川村巽らが抜取つた本件各土地の登記用紙に記入した虚偽記載事項は、所定の記載例にのつとり、本件登記所において登記記入用に用いているものと似たタイプ用活字を使用して記入し、かつ、登記官の認印も一応正規の認印と見られるなど、その記入方法、内容ともに、一般人はもちろん、登記官が見ても一見してこれが偽造であることを看破できない程度に巧妙になされていることが認められる。この点を敷衍するに、本件偽造の登記事項の末尾に押捺された「川村」、「二木」の各登記官の卵型認印はその形状、大きさは正規のそれと似ているもののその上端部には、正規のそれと異つて右から左に「登記官」と刻されていない。しかし、前掲<証拠略>によると、従前登記簿に押捺した認印には「登記官」の文字はなく、現に効力を有する登記事項に押捺されている認印に「登記官」の文字のないものも存在することが認められる(第一、第二土地登記簿の表題部にある「川村」の印)。のみならず、右「登記官」の文字は極めて小さく、また右偽造した認印の上端部の縁は太くできており正規の認印も朱肉がつまつたり、「登記官」の部分が顕出されなかつたりすると、右偽造した認印と大差ない程度に印影が顕出されるものと考えられ、一見して偽造したものと判断し難いことが認められる。そして、本件偽造の各所有権移転登記に続き、これを前提とする請求原因一、二の各3の抵当権設定登記及び所有権移転請求権仮登記が経由されたことは当事者間に争いがないが、この事実からも、登記の実行は受付、調査、記入、校合の過程を経て行われるものであるところ、右経由された各登記申請につき、調査、記入、校合に当つた何人かの本件登記所の職員の誰一人全く本件偽造に気づかなかつたことが認められ、本件偽造は、登記官においても仔細に点検しなければ看破できない程度になされていたものということができる。

三  本件偽造の程度は右にみたとおりであるうえ、前掲<証拠略>によると、本件以前から本件登記所における謄抄本の作成は前掲準則二〇九条二号により陽画複写器を用いて機械的になされ、かつ、また登記記入は前記のように受付、調査、記入、校合の過程を経てなされ、偽造のものがあることは本件登記所においては本件以前になかつたところであるから、登記官が本件偽造の登記記入のある登記簿謄本を作成し交付したことに過失はなかつたものというべきである。

(抵当権設定登記、条件付所有権移転仮登記等の実行と損害との関係)

原告は請求原因一、二の各3の登記を有効なものと信頼して合計六〇〇〇万円を貸付けたのであるから、本件登記所の登記官の実行した右無効の登記により同額の損害を受けたと主張し、右登記官が右各登記を実行したことは当事者間に争いがなく、その登記の前提となる請求原因三、四の各1の登記事項の記載が訴外川村巽、同藤原與市らによつて偽造されたことも当事者間に争いがないから、請求原因一、二の各3の登記が無効であることは明白であるけれども、先に認定した事実関係から、原告の金員交付はいずれも右無効な登記の登記申請をする前になされていることが明白なので、原告の主張は前提を欠き失当である。

(原告の金員交付と偽造登記の因果関係)

以上のとおりであつて、いずれにしても、登記官に過失はないと認められるが、進んで、原告が二〇〇〇万円と四〇〇〇万円の金銭を騙取されたことと本件の偽造登記との因果関係についても言及しておく。

原告が右金員を騙取された経緯は既に認定したとおりであつて、原告は満足に文字を読めないため、自分では貸付にあたつて申込人から示される借用証書、登記簿謄本等の書類に全く目を通さず、これに形式上の不備がないかを訴外八重樫繁に確認させていたものであるところ、前掲<証拠略>によると、訴外八重樫繁は宅地建物取引主任の資格を有し、本件当時、不動産業、金融業を営む盛岡市内の有限会社東日本興産に勤めるかたわら、原告の貸金業の手伝をし、その貸付額の三分程度(原告は月七分の高利で貸付をしていた。)を礼金として貰つていたこと、原告が第一土地を担保にとり二〇〇〇万円を貸付けるにあたり、請求原因一3の各登記手続に必要な土地の権利証(これも訴外川村巽らが偽造したものであつた。)を一瞥しただけで深く調査せす、これを原告のために引取ることもしない(訴外川村巽らはこれを奇貨として右の登記申請を保証書をもつて行つた。)まま、訴外川村巽らの共犯者である同駿河清から礼金として一〇万円を受取つたこと、更に第二土地につき請求原因二3の登記手続が終つたのち、訴外川村巽から、同訴外人らが同土地の真正な権利証を所持しないにもかかわらず、これを所持しているように偽つて、原告に対し四〇〇〇万円の貸借の申込を取次いだことの謝礼として、二〇〇万円を受領したことが認められる。かように、原告の耳目としてこれを保佐すべき立場にある訴外八重樫繁において、原告の本件各貸付に際し、自己の利益追求にのみ汲汲として、原告から金員を騙取しようとする者に内通するような背信的行動に出ていることを考慮すると、本件登記所の登記官の発行した瑕疵ある第一及び第二土地の各登記簿謄本の存在は、原告が貸金名下に本件六〇〇〇万円を交付したことにつき、主要因となることはおろか補助因ともならないものと判断せざるを得ない。したがつて、原告の請求はこの点においても理由がないものといわなければならない。

(結論)

以上の次第であつて、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮村素之 富永良朗 鎌田豊彦)

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